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最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)93号 判決

東京都千代田区九段北一丁目九番

上告人

オールシステム株式会社

右代表者代表取締役

吉田武明

右訴訟代理人弁護士

石黒康

東京都千代田区九段南一丁目一番一五号

被上告人

麹町税務署長 塚本時朗

右指定代理人

加藤正一

右当事者間の東京高等裁判所平成二年(行コ)第九六号青色申告の承認取消処分取消請求事件について、同裁判所が平成三年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人石黒康の上告理由第一について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二について

法人税法一二七条二項の規定による青色申告の承認の取消処分については、その処分の内容、性質等に照らし、その相手方に事前に告知、弁解、防御の機会が与えられなかったからといって、憲法一三条あるいは三一条の法意に反するものとはいえない。このことは、最高裁昭和六一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。本件青色申告の承認の取消処分に所論の違憲はなく、論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治 裁判官 三好達)

(平成三年(行ツ)第九三号 上告人 オールシステム株式会社)

上告代理人石黒康の上告理由

第一 控訴審判決には経験法則の違背(法令上の違背)がある。(最判昭和三一・九・一三民集一〇-九-一一三五)

一 控訴審判決は本件の取消処分の原因としての申告期限の徒過に正当な理由がなかったものと結論しているのであるが、その前提として昭和六二年五月一二日に押収された「控訴人の取引や経理に関係する銀行預金通帳、手形、小切手帳、領収書等の書類多数」の還付状況について、「押収された預金通帳のうち控訴人の主な取引銀行である三菱銀行丸の内支店の通帳を含む控訴人名義の預金通帳は、すべて同年六月一日付けで控訴人に還付され、その他の押収物も、協和銀行総合口座通帳一通(山口春夫名義)が平成元年一〇月一二日に還付されたほか、昭和六二年七月一七日までにはすべて還付されたこと」認定し、したがって、昭和六二年度(昭和六二年一月一日から一二月三一日まで)分の申告が申告期限たる昭和六三年三月三一日までに可能であったにも拘らず徒過したと結論しているのである。

二 しかしながら、右判断は証拠採否について経験法則を無視したものと言わざるを得ない。

1 即ち、そもそも、原審判決において、押収されたものが預金通帳のみであるとの認定が警察官作成にかかる甲第一、二号証押収品目録交付書に反するものであること、昭和六二年七月一七日までにすべての押収物が還付されたとの認定の根拠である警察官作成の乙第一、二号証の回答書の証明内容が控訴審において上告人の平成元年一〇月一二日に還付がなされたことの立証により崩れたのである。即ち、右乙第一、二号証の回答書の証明内容が虚偽のものであったのである。このことは極めて重大である。警察官ともあろうものが国の機関たる国税局からの照会に対して虚偽の回答をしているからである。右回答書は担当警察署の警官が作成したものであり、うっかりミスをして平成元年一〇月一二日の還付を忘れていた等とは到底あり得ないことである。しかりとすれば、右回答の信用性は殆どないと考えることが経験法則に照らして合理的な判断である。

2 一方、上告人は原審及び控訴審において一貫して申告書作成に必要な書類をすべて昭和六二年五月一一、一二日に押収され、数回の還付はあったもののすべての還付がなされておらず、再三にわたる還付請求にも拘らず未だ申告書作成に必要な書類のすべての還付を受けておらず、申告不能の状態が継続している旨を主張し、立証してきたのである。これに対し、原審判決も控訴審判決も還付された預金通帳のみで申告書の作成は可能であると認定するが、このような認定は企業経理の内容に関する経験法則にまったく反するものである。銀行通帳のみによって一体どうやって申告書を作成出来ると言うのであろうか。一度でも申告書の作成をなした経験のある者にとって右の如きことが不可能であることは経験上明らかなことである。

3 更に、控訴審判決は上告人の未だ還付を受けていない申告書作成に必要な書類があるとの主張を乙第一号証、第八号証に照らして信用出来ないと結論しているのであるが、これも経験法則に照らして採証を誤っていると言わざるを得ない。即ち、乙第一号証の回答書の内容は虚偽であり、乙第八号証は右第一号証の虚偽が明らかとなった後につじつま合わせに作成されたものであるにも拘らず、これを全面的に信用することは如何なる根拠に基づくのであろうか。作成者が警察官だから全面的に信用出来るとでもいうのであろうか。その警察官が虚偽の回答書を作成したからこそ、その回答書の内容は信用出来ないというのが経験法則に照らして合理的判断というものであろう。しかも、反対当事者である上告人の一貫した主張をさしたる根拠もなくこれを排斥しているのであるが、一方が虚偽をなし、他方がその虚偽を暴いた場合、そのどちらを信用し得るかについては経験法則から言って後者を信用すべきことは極めて合理的判断ではなかろうか。控訴審判決は逆の判断をなしており、経験法則に照らして不合理であると断言せざるを得ない。

4 以上からすれば、控訴審判決には経験法則の違背、即ち、法令上の違背があるものと言わざるを得ない。

第二 控訴審判決には憲法違反がある。

一 原審判決及び控訴審判決は本件において上告人が本件取消処分をされるに際して、告知聴問の機会を与えられなかったことは、法人税法にそれを要求する規定がなく、憲法第一三条、三一条もそれを要求するものではないと結論するが、これは到底肯認し得ないものである。

二 そもそも、憲法第一三条、三一条が求めるものは個人(法人を含む)の尊厳と人権の侵害もしくは規制についての厳格かつ適正な法的手続の要求であり、これは決して刑事手続に限定されるべきものではない。人権の侵害もしくは規制は何も刑事手続に限られたことではなく、行政手続、処分についてもあり得ることである。従って、行政手続、処分についても程度の差こそあり得るにしても嚴格かつ適正な法的手続が要求されるべきである。

三 人権の侵害もしくは規制についての厳格かつ適正な法的手続の中で特に重要なのは処分される側の者に対して十分な弁明の機会を与えるべきことである。これが告知聴問の機会の付与である。これなくして適正なる処分はあり得ない筈である。

四 人権の侵害もしくは規制についての厳格かつ適正な法的手続の要求について、具体的に法令に規定のある場合のみに保障されれば良いものであろうか。これを認めては真のデュープロセスは達成し得ないであろう。従って、人権の侵害もしくは規制をなす場合には、たとえ具体的に法令に規定がなくても、現実に適正なる手続によること、即ち、告知聴問の機会の付与をしなければならない筈である。憲法第一三条、三一条が要求するものは右のような内容であり、具体的法令に規定がない場合には憲法第一三条、三一条を準用もしくは類推適用されるべきものである。

五 よって、本件においては本件取消処分をなすに当たって上告人に右憲法の要求する告知聴問の機会の付与を与えなかったことは憲法第一三条、三一条に違反すると言わざるを得ず、本件取消処分は裁量権の濫用に該当するものであり、告知聴問の機会の付与を憲法が要求していないとする原審判決及び控訴審判決は明白な誤りを犯していると言わざるを得ない。

六 更に、右告知聴問の機会の付与は申告の可能、不可能に拘りなく与えられるべきものである。上告人は期限内申告が不可能であったのであるが、仮に可能であったとしても右告知聴問の機会の付与がなされずしてなされた行政処分は憲法第一三条、三一条に違反するものであり、取消を免れ得ないものである。

七 その他、上告人は原審及び控訴審(特に平成二年一〇月九付準備書面第二)においてなした主張を普衍する。

第三 結論

以上から控訴審判決には経験法則の違背(法令上の違背)並びに憲法上の違背があり、破棄は免れ得ないものと確信する。

以上

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